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経営者保証ガイドライン

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1. はじめに

 「経営者保証ガイドライン」をご存じでしょうか。

 

 中小企業経営者の多くは、事業融資を受ける際に、会社の債務を連帯保証しています。

 

 経営者保証ガイドラインは、経営者の保証債務について、これから融資を受けようとする場面(入口)、既に保証債務が存在する場面(途中)、保証債務の履行が必要となった時の整理の場面(出口)において、適正な保証債務の処理がなされることを目的として制定されたガイドラインです。

 

 経営者保証ガイドラインは、法令ではありませんので、法的拘束力はありませんが、「中小企業団体及び金融機関団体共通の自主的自律的な準則」として、金融機関も、これを尊重して遵守することが期待されています。

 

 経営者保証ガイドラインを活用して、事業再生又は会社の清算時であっても経営者が破産をせずに一定の財産を手元に残したケースが数多く報告されています。

 

 このように、経営者保証ガイドラインは、経営者個人の生活や人生設計に大きな好影響を与え得るガイドラインなのですが、多くの経営者がその存在すら知らないのではないかと思います。

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2. 経営者保証ガイドラインを活用した保証債務の整理

 保証債務の整理が必要となる場面は、多くの場合、廃業時、清算時、債務整理時、倒産時など、後ろ向きな場面です。

 中小企業の倒産時に、個人保証をしている経営者が個人破産となるケースが多いことは、中小企業の経営者にとって、早期の事業再生に向けた決断をすることの大きな阻害要因になっていると指摘されています。

 また、そのようなケースが多いことは、後継者にとって事業承継を躊躇う理由の1つとなっており、事業承継の大きな阻害要因になっているといえるでしょう。

 

 こうした背景を踏まえ、政府は、2021年11月の閣議決定「コロナ克服・新時代開拓のための経済対策」において、「倒産時の個人破産を回避するため、経営者保証に関するガイドラインの内容を明確化し、活用を促す措置を検討する」との方針を示しました。

 これを受けて、経営者保証ガイドライン(以下、「GL」といいます。)の特則である「廃業時における「経営者保証に関するガイドライン」の基本的考え方」(「基本的考え方」)が2022年3月に公開されました。「基本的考え方」では、中小企業の廃業時に焦点を当てて、GLの趣旨・内容を明確化し、GLに基づく保証債務整理の進め方などが整理されています。

 GLや「基本的考え方」の活用によって、主たる債務者(会社)が廃業等した場合であっても、経営者(保証人)は個人破産を回避し得ることが広く知られるようになれば、経営者が早期に経営改善・事業再生及び廃業を決断することができ、事業再生の実効性の向上に資するとともに、経営者が新たなスタートを切りやすくなる社会が構築されることが期待されます。

3. 経営者保証ガイドライン活用のメリット・デメリット

 GLを活用して保証債務を整理するメリットとデメリット(破産との比較)を、経営者(保証人)と金融機関の側から整理します。

経営者(保証人)にとってのメリット

  1. 破産をすることなく、保証債務を整理することができる。
    →社会的信用を失わず、再チャレンジ(第二創業)をしやすくなる。

  2. 債務整理したことが信用情報登録機関に事故情報として登録されない。
    →整理後もクレジットカード等の利用を継続でき、ローンも組める。

  3. 破産の場合よりも多くの現預金や保険契約を残すことができる。
    →特に高齢の経営者にとっては、整理後の生活の助けになる。

  4. 自宅不動産を残すことができる(場合がある)。特に、住宅ローンは対象外なので、柔軟な対応が可能。

経営者(保証人)にとってのデメリット

  1. 金融機関が認めてくれなければ、GL適用による保証債務の整理はできないので、確実性がない。

  2. 手続に一定の時間を要する。

金融機関にとってのメリット

  1. (経済合理性が認められることがGL適用の要件となっているので、)会社と合わせて回収額が増加する。

  2. 早期の事業再生、廃業支援の後押しとなる。

  3. 会社、経営者(保証人)からの自発的な情報開示を受けやすくなる。

金融機関にとってのデメリット

  1. 中立な破産管財人が選任される場合と比べれば、会社、経営者(保証人)からの情報開示が不十分となる懸念がある。
以上のように、GL適用による保証債務の整理には、経営者(保証人)にとって、大きなメリットがあります。

4. 経営者保証ガイドライン適用による保証債務の整理の要件

<会社と保証人の適格要件>

 まずは、大前提として、GLが適用される保証契約でなくてはなりません。具体的には、以下の全ての要件を満たす必要があります。

  1. 主債務者が中小企業であること
    ※個人事業者を含みます。また、中小企業基本法に定める中小企業者の範囲を超える企業も対象になり得ます。

  2. 保証人が個人であり、主債務者の経営者(実質的経営者、経営者の配偶者等を含む。)であること
    ※なお、経営者に限定されているのは、第三者保証を求めないことが原則とされているからであり、例外的に第三者保証契約が締結されている場合でも、GL適用を否定する理由はないとされています。

  3. 弁済の誠実性及び適時適切な情報開示
    ※保証人について破産を回避するには金融機関との信頼関係が大前提ですので、金融機関からの求めに応じて、負債の状況を含めた財産状況(会社だけでなく保証人の財産状況)を開示していることが必要です。

  4. 主債務者・保証人が反社会的勢力ではないこと
    その上で、以下の要件を満たすことが必要です。

  5. 主債務者が法的整理ないし準則型私的整理手続(中小企業活性化協議会による再生支援スキームや特定調停などの手続)を活用していること

  6. 経済的合理性があること

  7. 免責不許可事由が生じておらず、その恐れもないこと(誠実要件)

  8. その他の手続的要件を満たすこと

  9. 残存資産の範囲や弁済計画の内容、免除要請の内容が相当であること



 ここで特に問題となるのが「経済合理性」の要件です。

<経済合理性の意義>

 GL適用において問題となる経済合理性とは、以下の各場合に、金融機関にとって回収見込額が増加するか、ということです。


⚫︎再生型手続の場合
 弁済計画に基づく回収見込額が、現時点で破産した場合の回収見込額を上回っているか

⚫︎清算型手続の場合
 現時点で清算した場合の回収見込額が、将来時点(3年後)に清算した場合の回収見込額を上回っているか

 このような経済合理性が認められる場合には、GLを適用して、保証人は破産手続を回避することができます。

<ゼロ円弁済の経済合理性>

 それでは、会社や保証人が金融機関に対して弁済が全くできない場合(いわゆる「ゼロ円弁済」)には、GLを適用することはできないのでしょうか。

 この点については、2022年3月に公表された「廃業時における「経営者保証に関するガイドライン」の基本的考え方」では、「保証人に自由財産を超える保有資産がない等、保証人の保証履行能力の状況によっては、保証人が対象債権者に対し、弁済する金額が無い弁済計画(いわゆるゼロ円弁済)もガイドライン上、許容され得ることに留意する」と指摘されています。つまり、保証人に弁済の資力が全くないときであっても、GLを適用して破産を回避することができる場合があります。

<インセンティブ資産>

 GLでは、早期に事業再生・事業清算の着手の決断をすることのインセンティブとして、保証人に、「経済合理性」(回収見込額の増加分)の範囲内で、残存資産(インセンティブ資産)を残すことを認めています。

 

 破産手続であっても、「自由財産」として、99万円までの現金等を残すことが認められていますが、GLを適用した場合、それに加えて、一定期間の生計費(保証人の年齢や生活状況等によって99万円~363万円が目安)、華美でない自宅等の資産を残すことが認められます。

 このように、「経済合理性があること」を示せるかどうかが、GL適用のポイントとなります。そのためには、十分に検討した上で、弁済計画を作る必要があります。

5. 公表事例の紹介

 GLの活用により、保証債務の整理(事業再生・清算)に際して、経営者の破産を回避し、破産するよりも多くの資産を残すことができた事例を、金融庁の「「経営者保証に関するガイドライン」の活用に係る参考事例集」(令和元年8月改訂版)から紹介します。

 

 なお、事例の説明では、「第二会社方式」という再生手法が出てきます(「第二会社方式」については、別の記事で詳しく解説しておりますので、そちらをご参照ください。)。ここでは、「良い事業のみを別会社に移して、良くない事業を旧会社に残し、旧会社を清算する再生手法」という程度に理解していただければ十分です。

事例1
 中小企業再生支援協議会の支援の下で、小売業者が第二会社方式により新会社に事業を承継させ、旧会社は特別清算手続により清算、保証人はGLの適用により、破産を回避し、一定の資産を手元に残した事例(参考事例集53)

(スキームの概要)

  • 経営者の息子が設立する新会社が受け皿会社となり、会社分割手続により全事業を承継。
  • 旧会社は特別清算手続により清算。
  • 保証人の私財から新会社に3000万円を貸し付けて、運転資金等とした。
  • 早期再生による回収見込額の増加額は4400万円。生計費として1400万円を保証人の手元に残し、保証人の資産から、上記の貸付金と合わせた残存資産4400万円を控除した金額で、保証債務を履行した(破産を回避)。
  • 旧経営者(保証人)は取締役を辞任し、旧会社は清算されることで、株主責任を果たした。
  • 上記のようなスキームにより、保証人の生計の維持が確保され、また、新会社の事業継続にも大きな助けとなった。

事例2
 中小企業再生支援協議会の支援の下で、小売業がスポンサー型の第二会社方式により、スポンサー企業に一部事業を承継させ、旧会社は特別清算手続により清算、保証人はGLの適用により、破産を回避し、一定の資産を手元に残した事例(参考事例集55)

(スキームの概要)

  • 業績が低迷していた小売業を営む会社(旧会社)にスポンサーからの支援が得られることとなったため、スポンサー企業に採算店舗と債務の一部を承継させ(承継債務は一括返済)、不採算店舗は閉鎖した上で、旧会社は特別清算手続により清算。
  • 早期再生による回収見込額の増加額は4,000万円。
  • 保証人はGLの適用により破産を回避し、一定期間の生計費相当額の保険等を残存資産とすることができた。

事例3
 建設業を営む会社が早期に債務整理に着手したことで、会社は清算となったが、保証人は破産を回避し、一定の資産を手元に残した事例(参考事例集60)

(スキームの概要)

  • 事業継続が困難な状況の中、早期に債務整理に着手し、会社は破産手続により清算した。
  • 早期に債務整理に着手したため、将来時点に清算する場合よりも回収見込額が増加し、その範囲で保証人に資産を残せることとなった。
  • 特定調停手続を活用して、GLの適用による保証人(経営者とその配偶者)の債務整理が行われた。
  • 経営者には資産がなかったが、破産を回避し、保証債務全額が免除された。
  • 経営者の配偶者は400万円の資産を保有していたが、100万円相当の自家用車と生計費200万円を合わせた300万円を残存資産として手元に残し、残額100万円のみを弁済した(破産を回避)。

 以上の各事例では、早期に債務整理に着手したことで、回収見込額が増加すると認められ、事業の円滑な再生又は清算をすることができ、保証人は破産を回避して、一定の資産を手元に残すことが認められています。

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6. 終わりに

 経営者保証ガイドラインを活用することで、事業再生又は廃業する場合であっても、経営者は、破産を回避して相当額の資産を残すことが可能となります。

 事業再生や廃業を検討している方で、連帯保証債務の処理の問題を抱えていらっしゃる方は、まずは当事務所にお問い合わせください。

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